膨大なデータをAIで処理して薬を作る、これからの創薬
前回は、ドラッグリポジショニングについて紹介させていただきましたが、今回は医薬品開発の最新状況についてお伝えいたします。
製薬業界のテック企業 Roivant Sciences
幾つかの新聞記事でニュースになっていたことからご存じの方もおられるかと思いますが、2017年8月上旬ソフトバンクはRoivant Sciences(ロイバント サイエンシズ)に11億ドル(約1,219億円)の出資をすることを発表しました。
ロイバントがどのような会社なのか、WiredJapanの記事を引用してみます
設立からわずか3年のロイヴァントは、ほかの製薬会社の棚から慎重な交渉の末に譲り受けた新薬候補をもとに、さまざまな薬を開発する子会社の集まりからなっている。
企業の計画変更により途中で行き詰ってしまった薬を探し求めるのだ。「ひとたびそういった薬を引き受けたら、総合治療薬ではなく特定の薬に特化したチームが、それらの薬を完成させるためのプロセスに集中します」
この様に、様々な企業が開発を中断・断念した新薬候補を完成させようというのが彼らの狙いです。
失敗した、または困難が立ちはだかっているだろう新薬候補を完成させるのは難しいのでは?
多くの方はこう考えるかもしれません。
しかし、彼らは膨大なデータを共有することによって、十分な勝算があると考えています。
膨大なデータの共有
ふたたび、WiredJapanの記事から引用すると
企業は多数の試験を行い、多くのデータを集めるが、それをすべて発表したり、シェアしたりすることはない。そのため研究者は、すでに失敗したアイデアを繰り返してしまうことがある。「もしすべてのデータがプールされたら、臨床試験のコストを約半分に、市場に出すまでにかかる時間も半分に削減し、どんな臨床試験の成功率も大幅に上げることができるでしょう」と、データヴァントの取締役トラヴィス・メイは言う。
企業にお互いの“ダークネット”をシェアさせるのは変に思えるかもしれない。しかし、データのシェアに取り組んでいるのはデータヴァントだけではない。米エネルギー省、米国立がん研究所、製薬大手グラクソ・スミスクラインも、「医薬機会のための治療促進」プロジェクトの一環として取り組んでいる。
アメリカ国立衛生研究所(NIH)は、随分と早くからデータ共有の試みを行っていました。
医薬ジャーナル 2010年5月号(Vol.46 No.5)によると
「製薬会社の『棚』には捨て切れない開発不成功医薬品がいっぱいだ。病める実験動物への治療効果がなかったか,でなければ何らかのためらいから,開発パイプラインから外れた化合物群である2)」。
複雑な過去を持つこれらのコレクションだが,アカデミックな研究者たちにとっては,宝の山に見えるということにもなるわけだ。そこで生まれたのが,米国立衛生研究所(NIH)が支援するCTSA(Clinical and Translational Science Awards)のwebポータルサイトであり,「医薬品の再ポジショニングのためのアカデミアと産業のマッチング」を目的とするものだ。
因みにCTSAとは2006年に発足したNIHによる臨床研究支援組織で,2008年秋に薬物資源のポータルサイトをオープンし,薬物探索研究者と製薬企業とのマッチング計画を実行に移している。CTSAポータルサイトには,昨年12月の時点で約350人の研究者が登録されており,さらに2010年末には,900人にまで登録者数を増やすことを目標にしている2)。
この様に、膨大なデータを共有しようという試みには十分な勝算があるのだろうと考えられます。
膨大なデータを処理するAI
とは言え、膨大なデータを処理すると言ってもどうやって実現するのでしょうか?
そこで登場するのが、AI(人工知能)です。
以前、AIが医療の現場に取り入れられているという話題をご紹介しましたが、これら膨大なデータを処理するのにAIは最適だと考えられています。
日経デジタルヘルスでは、先の記事でも取り上げたIBMのWatsonが創薬分野に投入されるという記事が載っていました。
2016年2月18日に日本語版の提供が始まった米IBM社のコグニティブ・コンピューティング・システム「IBM Watson」(関連記事)。日本の製薬企業として、その利用にいち早く手を挙げたのが第一三共だ。
2016/02/24 日経デジタルヘルス 「IBM Watsonを「10年/1000億円」の創薬に」より引用
また、厚生労働省も人工知能を使った創薬に力を入れています。
厚生労働省の平成 30 年度研究事業実施方針によると
(3)平成 30 年度に優先的に推進する研究課題(継続課題の中で増額要求等するもの)
ゲノム創薬の推進に係る課題を解決するため、ゲノム情報を活用した新規創薬ターゲットの
探索等に関する研究について、下記領域を拡充する必要がある。
・人工知能等を活用した創薬ターゲット探索法の開発に関する研究
・核酸医薬の細胞内動態制御技術の開発に関する研究
・ゲノム解析データを活用した分子標的薬・核酸医薬の開発に関する研究
厚生労働省の平成 30 年度研究事業実施方針 43P
実際に、「京都大学 大学院医学研究科」「理化学研究所 QBiC/AICS/RC」「先端医療振興財団 先端医療センター研究所」では
、創薬における人工知能応用というレポートを発表しています。
本日ご紹介したのは、様々な病気の薬を短期間に、そして安価に開発するための技術研究です。
これらの研究が少しでも早く実用化されることで、治療困難な病気が少しでも減ることが期待されています。
参照文献
ソフトバンクが10億ドル超を投じる「製薬ヴェンチャー」の正体
WiredJapan 2017.08.17 THU 07:00
https://wired.jp/2017/08/17/softbank-invests-roivant/
DR研究(既存薬再開発)への期待と課題 ― 米では“見捨てられた薬”の公式マッチングサイト ―
医薬ジャーナル 2010年5月号(Vol.46 No.5)
https://www.iyaku-j.com/iyakuj/system/dc8/index.php?trgid=21231
2)Matchmaking service links up researchers to wallflower drugs. Nature Medicine, Vol. 16, January, p7, 2010.
「IBM Watsonを「10年/1000億円」の創薬に」
日経デジタルヘルス 2016/02/24
http://techon.nikkeibp.co.jp/atcl/feature/15/012800017/022100003/?ST=health
平成 30 年度研究事業実施方針(厚生労働省)
http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10600000-Daijinkanboukouseikagakuka/0000168017.pdf
創薬における人工知能応用(厚生労働省)
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/0000154209.pdf