近赤外線とがん治療
光には種類があります
暖房器具のCMなどで、遠赤外線と言う言葉を聞いたことある方は多いかも知れませんが、近赤外線という言葉はあまり馴染みがないものかもしれません。
遠赤外線も近赤外線も、光の一種です。
光りというと、太陽の光やライトの光を思い浮かべられると思います。
特に種類があるようには思えないかも知れません。
例えば雨上がりの空に虹がかかります。
虹は七色に見えますが、この色は太陽の光が分解されて見えるようになったものです。
小学校でしょうか、理科の実験でプリズムに光を当てても同じように虹色に見えます。
この様に、種類があるようには思えない光には種類があるのです。
近赤外線とは
光に種類があることをお伝えしましたが、光には、目に見える「可視光線」とそれ以外の光線(光)があります。
身近な例で言うと、紫外線や「赤外線」が目に見えない光線に属しています。
この、目に見えない赤外線の中でも、赤に近い波長を持っているものを近赤外線と呼ぶのです。
目に見えない近赤外線を、最も身近に実験できるのは、テレビのリモコンです。リモコンの先端には小さな丸いレンズのようなものが付いています。
ボタンを押しながらレンズを覗いても、何も見えません。これを試しに、スマートフォンや携帯電話のカメラ越しに覗きながらボタンを押してみて下さい。
ボタンを押すたびに赤っぽい光が見えると思います。
これが、近赤外線です。
人間の目では反応出来ない近赤外線ですが、カメラのセンサーを通すことで、確認することが出来たというわけです。
こぼれ話
日本人にとっての虹は、赤橙黄緑青藍紫とおぼえた方も多いでしょう。
日本人にとっては七色の虹も、外国人にとってはそうではないようです。しかし、両端の「赤」「紫」は英語圏でも共通している様です。
赤外線というのは、赤い色の外側にある光と言う意味で、紫外線というのは紫色の外側にある光という意味を持っています。
英語では、赤外線をinfrared(赤より下)、紫外線をultraviolet(紫を超えた)と言う呼び方をします。
近赤外線とがん治療
この様に身近に溢れてはいても目には見えない近赤外線ですが、この近赤外線を使ってがん治療をしようと研究している方がいます。
それが、アメリカ国立がん研究所(NIH)の林久隆・主任研究員です。
近赤外線は、身の回りに溢れており、人間にとっては無害な光です。まあ、たとえ害があったとしても、人類が誕生してから今に至るまで近赤外線を避け続けることが出来た人はいませんから、今更といった話です。
このように無害な光が、どの様に治療に使われるのでしょうか。
ここに登場するのが、IR700と言う特別なお薬です。なんだ、抗がん剤?というのは少々早計です。
体内に静脈から注射すると考えると、薬ではあるのですが、これ単体では何の働きもありませんし、1日もあれば体外に排出されてしまいます。
また、IR700だけではがん細胞を選ぶことが出来ないので、がん細胞を選んで結合する抗体とセットにしています。
この薬は抗体とセットにしたおかげで、がん細胞に選択的に結合するという特徴を持っています。
もちろん、がん細胞以外に結合する可能性はあります。そういう意味では、今までの薬だってがん細胞に選択的に結合する薬はいくつもありました。
今までの薬は結合してしまえば、がん細胞でなくとも攻撃を仕掛けていましたが、IR700は結合するだけでは何も起こりません。
この点が大きく異なります。
ではどうやって効果を発揮するかというと、ここに近赤外線が出てきます。
IR700には、近赤外線を吸収するという特徴があります。赤外線というのは、熱でありエネルギーでもありますから、たくさん集まると小さな細胞の表面くらいは十分に破壊することが出来ます。
いくらがん細胞とは言え、からだを壊されてしまえば流石に死んでしまいます。
これが、近赤外線治療のメカニズムです。
身の回りに溢れている近赤外線があるのだから、薬を飲んだらそこらじゅうで反応が起こるのでは?
そう考える方もおられるでしょうが、身近にあふれる近赤外線には、ばらつきもありますし、X線ほどからだを通り抜ける力はありません。
IR700は、近赤外線の中でもごく一部の近赤外線に反応する様に作られていますので、ばらつきが大きいと然程効果がありません。
ですから、治療には赤外線の波長を調整してIR700がピンポイントで反応するように調整した上で、患部に集中的に照射します。
この様な仕組みのお陰で、目的のがん細胞以外にはほとんど影響を及ぼさない、副作用がない、ということになるのです。
英語ではありますが、近赤外線がどのようにしてがん細胞に影響するかを説明した動画がNCIによってYouTubeにアップされていますので御覧ください。
近赤外線治療の長所
近赤外線治療は、今までにあった様々な治療法の長所を持っているだけでなく、短所を克服しています。
■手術
長所
がん細胞を物理的に排除してしまうと言う確実性。
短所
からだへの大きな負担、場合によっては臓器を大きく切り取ってしまい、術後に大きな影響がある。
腫瘍の場所、大きさ、患者さんの体力によって左右される。
■放射線
長所
確実性は手術には劣るものの、がん細胞を物理的に壊してしまうという特性。
手術に比べて、からだへの負担も少なく、手順も簡単。
短所
放射線の照射には限界があり、一度治療を行うと、同じ場所や隣接する部分には放射線を使えなくなる。
照射出来ない場所がある。
■抗がん剤
長所
ごく一部のがんには、非常に効果的であり、手術や放射線が使えないがんにも使える。
がんの進行を制御して、延命治療を行うことが出来る。
短所
根治目的で利用できるのはごく僅かである。
必ずと言っていいほど副作用が発生し、生活の質を大きく落とす。副作用と効果のバランスが取れず辛い思いをしている患者さんが多くおられる。
■近赤外線治療
長所
手術の持つ、物理的な処置による確実性
放射線や抗がん剤治療が持つ、治療の簡便性
副作用がほとんど無く、からだへの影響が軽微
このため通院で治療が可能
短所
光が届かない場所には効果を発揮しない可能性がある
この様に、圧倒的な長所に比べて短所はほんの僅かです。
実は近赤外線治療は、この短所も克服する側面を持っています。
次回は、近赤外線治療がどの様にして短所を克服しているのか、について書いてみたいと思います。
参考文献
近赤外光線免疫療法による新規がん治療
小 林 久 隆* Hisataka Kobayashi
米国国立保健衛生研究所(NIH)
米国国立がん研究所 分子イメージングプログラム
薬 剤 学, 76 (3), 172-176 (2016)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jpstj/76/3/76_172/_pdf
Targeted Photoimmunotherapy Approach for Cancer Moves Forward
April 25, 2016, by NCI Staff (National Cancer Insutitute)
https://www.cancer.gov/news-events/cancer-currents-blog/2016/photoimmunotherapy-cancer
最終更新:2017/09/25